"思い込んだら現実だと脳は判断する
 なかったものをあったと記憶違いするのはごく普通です。 警察になぜか連行されて、 やってもいないことを「やっただろ!」としつこく尋問されると、 だんだんそんな気持ちになる・・・よくある話です。だから裁判では自白だけでは証拠になりません。 アメリカでは逆行催眠で事件を解決する手法がポピュラーのようですが、 催眠術で過去の記憶を呼び覚ましても嘘の記憶だったということがあって、最近問題になっているようです。 幼い頃、父親に虐待されたと女性が裁判を起こし、実際にそのようなことがなかったのですが、 警察や娘に責められた父親は「確かにやった」と証言したという例もあります。
 実際、私も小説版ラピュタで友人を勘違いさせたことがあります。 要塞でロボットがゴリアテの砲撃を受けて力尽きようとするとき、 シータがロボットの指をつかむシーンですが、 小説ではロボットの目から黒い液体が流れます。実際の映画では液体は出ません。 それで私は友人に「テレビでは目から液体が出るシーンがなかったけどカットされたのかな?」 と聞きました。友人は「そういえばなかったね。カットされたんだよ」
 すみません、最初からそんなシーンはありませんでした。 実は、この友人は公開当時に映画館でラピュタを数回見てます。それでも記憶があいまいになります。
 このように、ちょっとした会話で記憶を改ざんさせることもできます。 「パズーがシータを送った」にしても、どこかでそういう話を聞いたら脳は簡単にシーンを構築できます。 たとえそのシーンを何十回も見たと言っても、 脳内では何十回もシーンを再現できるのですから、 現実に何十回も見ていなくても見たと思い込むこともあります。
 少数意見の「ドーラの活躍」にしても、もしシーンの順番を間違えて記憶したら、 そう思い込んでもおかしくないのです。 例えば、フラップーターで飛んでいるシーンをエンディングの後にあったものとして記憶していたり。
 逆の場合ですが、現実にあったこと、特に鮮明な事実を「ない」と脳が判断するのは難しいようです。 何度も繰り返した体験や、鮮明な体験の長期記憶は消えにくいのです。 噂のシーンがあったとしたらかなりインパクトあります。誰もが知っているのが自然です。 もし同じ映画を見た集団がいて、とある印象的なシーンがあったかどうかと議論になって、 「ある」「ない」と意見が分かれたら、「ある」と証言するほうを疑ったほうがよさそうです。 後から見直して「ない」なら、なおさらです。"
haxmaniac:

” What did I just smell ??? “ 

haxmaniac:

” What did I just smell ??? “ 

"澤選手のあるコメント
アメリカでは美談として流れているものの
何故か日本では報道や掲載されないのだ

日本語コメントの英訳を再び和訳する事に違和感ながら
日本のマスゴミが報道しない為にあえて和訳する

http://sports.yahoo.com/soccer/news;_ylt=AmArrRdFEVrJjWgo3hlE1WA5nYcB?slug=ro-rogers_japan_win_pay_tribute_tsunami_071711

澤選手のコメント:
“We knew that what we were doing here could be about a little more than just a football tournament. If winning this makes one person, someone who lost something or someone or was hurt or damaged by the events that touched our country, feel better for even one moment, then we have really achieved a most special thing. If it makes everyone happy and joyful and gives them a reason to cheer after such difficult times, then we have been successful. Japan has been hurt and so many lives have been affected. We can not change that but Japan is coming back and this was our chance to represent our nation and show that we never stop working. This is like a dream to us and we hope our country shares it with us.”

「我々のしていることは、ただサッカーをするだけではないことを、意識してきた。我々が勝つことにより、何かを失った人、誰かを失った人、怪我をした人、 傷ついた人、彼らの気持ちが一瞬でも楽になってくれたら、私達は真に特別な事を成し遂げた事になる。こんな辛い時期だからこそ、みんなに少しでも元気や喜 びを与える事が出来たら、それこそが我々の成功となる。日本は困難に立ち向かい、多くの人々の生活は困窮している。我々は、それ自体を変えることは出来な いものの、日本は今復興を頑張っているのだから、そんな日本の代表として、復興を決して諦めない気持ちをプレイで見せたかった。今日、我々にとってはまさ に夢のようで有り、我々の国が我々と一緒に喜んでくれるとしたら幸いです」



ちなみに
今日の試合は両チーム共にフェアプレイで有り
(倒した選手が倒れた選手の手を取って立たせる)
(そもそも明らかな反則がない等)

アメリカのゴールキーパーは
日本人選手と衝突し、足を負傷していた
残り時間が限られてのリード時
ケアの為に時間を割く事を拒み
時間稼ぎという戦法より
正々堂々と勝負することを望んだ"
— どうして報道しないんだろうねー、ほんとに。マスコミがこれを大したことのないものと考えているんだったら一体どれだけの人間の真摯な姿勢がただのエンタメに変えられているんだろうか。 TwitLonger: 澤選手のあるコメント アメリカでは美談として流れているものの 何故か (via carbondoubt)
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